大判例

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大阪地方裁判所 昭和25年(ワ)3250号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

(事實)

原告は昭和七年五月頃からその所有に係る家屋を父中川亮三管理の下に被告に対し賃料一箇月三十一円毎月末日翌月分前拂の約束で賃貸していたところ、被告は昭和二十一年二月一日から同二十二年八月末日まで一箇月三十一円同二二十二年九月一日から同二十三年九月末日まで一箇月七十七円五十銭同二十三年十月一日から同二十四年五月末日まで一箇月百九十三円七十五銭同二十四年六月一日から同二十五年六月末日まで一箇月金三百十円の割合の賃料合計七千百七十六円五十銭の支拂をしなかつた。そこで原告は中川亮三を通じ昭和二十五年六月十五日到達の書面を以て被告に対し右延滯賃料を同月二十四日までに支拂うべく、若しこれが支拂をしないときは右賃貸借契約を解除する旨の催告並びに條件附契約解除の意思表示をしたが、被告がその期間を徒過したので、右賃貸借は同月二十四日の経過と共に解除せられたと主張し、被告に対し右家屋の明渡と延滯賃料及び昭和二十五年七月一日より右家屋明渡済まで同相当額の損害金の支拂を求めた。

(判斷)

原告一部勝訴。

裁判所は、原告方が戰時中に始まる感情の疎隔から昭和二十一年二月初め以來同二十五年五月末までの間賃料の受領を拒んでいた事実を認めて被告にはその間遲滯の責がなかつたことを認めるとともに、その後は原告方で先の態度を改め賃料を受領する意思を表明しているのであるから賃料の支拂をしない被告に正当と認められる金額の範囲で遲滯の責を生じてくるのは当然とし、催告を前提とする本件解除について次のように判示した。

「右家屋の当初の停止統制額金三十一円がその後の改定によつて原告主張の通り(但し、原告が第二次改定の日を昭和二十三年十月一日としているのは同月十一日の誤りである。)値上げになつたことは明白なところである。しかしながら家屋の賃料は停止統制額の改定に伴い当然に增額せられるものではなくその爲には賃貸人からの値上げの請求又は当事者の合意が必要であると解せられるが、本件の場合にあつては前記認定の事実からみて昭和二十五年六月以降の分については原告方から値上げの請求があつたことはうかがえるが、昭和二十一年二月一日より同二十五年五月末までの分については原告方から値上げの請求があつたこと又は双方に値上げの合意が成立したことは到底認められないからこの期間は当初のまま据置であつたもので、結局右家屋の賃料は昭和二十一年二月一日より同二十五年五月末日までは一箇月金三十一円、同二十五年六月一日以降は一箇月金三百十円の割合であつたと認めるのが相当である。そうだとすると、停止統制額の改定に伴い增額せられたものとして、その都度の賃料額並びに期間を明示して(このことは前記乙第五号証により認められる)なした原告の催告の請求金額が合計額において実際の賃料を遙に超過していることは明かであるけれども、かかる催告であつても当然に全郞について無効なものではなく、実際の賃料額と期間に合致する部分、即ち昭和二十一年二月一日より同二十二年八月末日まで十九箇月分一箇月金三十一円の割合による延滯賃料の催告としては契約解除の前提として有効なものと解すべきであり(もつとも原告において請求金額全部の提供を受けなければ受領を拒絶する意思が明かである場合には無効と解すべきであろうが、本件ではかかる特段の事情は認められない)被告が右部分についても催告所定の期間を徒過したことは被告の認めて爭わないところであるから、本件賃貸借契約は前示條件附契約解除の意思表示により昭和二十五年六月二十四日の経過と共に解除せられたものというべきである。」と。そこで被告は原告に対し右家屋を明渡し、昭和二十一年二月一日より同二十五年五月末日までの一箇月三十一円の割合による延滯賃料合計千六百十二円及び昭和二十五年六月一日より同月二十五日まで一箇月三百十円の割合による延滯賃料、その翌日である同月二十五日より右家屋明渡ずみに至るまでこれと同額の損害金を支拂うべき義務があるとその限度において原告の本訴請求を認めた。

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